できた!!

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去年の夏の終わりに描き始めたお寺の天井画。
両親から、
度胸だけで描いとる
とか言われながら、一年かかって、やっと昨日完成に漕ぎ着けた。
長かった・・・
私以上に、なかなか進まへん天井画を
えらい歯がゆい気持ちで和尚人は待っていらっしゃったんやろうな・・・
お待たせして、本当にごめんなさい。
この仕事を受けてすぐに、
木村の仕事そっちのけで、天井画のサンプルを描くのに必死になりすぎて、
木村とえらい喧嘩になったことを思い出す。
ちょうど、越後妻有アートトリエンナーレが終わった頃で、
木村のサポートを、私が本格的にやることについて
新潟からの帰り道に話しとったころやった。
木村が重要な時期に来とるな・・・と感じとったし、
木村が私にマネージャーをして欲しい、と思っていることも分かっとったし、
それが出来るのは、私しかおらんことも分かっとった。
そんな時に、お寺の天井画の話があった。
絵を描くのが好きで、美大に行って、NYに行って、
絵描きさんになるのが夢やった。
でも、まだ若い私が、
絵を描いて生活できるはずも無く・・・夢破れたのは24歳。
マニキュアリストになって、爪に絵を描く仕事を選んだ。
雑誌のイラストも描いた。
カードゲームの絵だって描いてみた。
絵を描いて、お金になることは何でもやってみた。
どうしても、筆と絵具から離れたくなかった。
絵描きになる夢への未練ってとこやな。
木村が、自分を信じて作家活動を続けているのを見て、
自分の才能を信じることができる才能を持ち合わせとらん自分は、
やっぱり作家なんかに成れへんで当たり前やわ・・・
と思った。
同時に、作家になれる確約なんかあらへんのに、
自分は大丈夫、って自分を真っすぐ信じて
周りを巻き込んで突き進める木村が羨ましい、妬ましいとさえ思ったこともある。
絵描きになる夢への未練が、
作家になろうとする木村への嫉妬心を産んだんやと思う。
早川に来て一年目の夏に、降って湧いたような天井画の話。
その時、私は34歳。
どうしてもやりたかった。
今度は諦めたくなかった。
神様が、もう一回私に挑戦させてくれる機会を与えてくれたんやと思った。
10年かけて、私は自分を信じる力を身につけた。
家族に負担をかけないように、
木村の仕事に影響せんようにすることを条件に手に入れた天井画の仕事。
限られた時間を精一杯使って、一年かかった。
嬉しい。本当に嬉しい。
マニキュアリストと呼ばれた時も、イラストレータと呼ばれた時も
なんかしっくりこーへんかったけど、
天井画を描く人
という言葉は、
今の私にとってはもったいない程、嬉しい言葉に聞こえる。
早川によばれて来たんやな・・・
と木村が言ってくれたことがある。
そうかも知れへんね。
たかくん、私をここに連れて来てくれて ありがとう。
私にチャンスを与えてくれてありがとう。
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ぜひともその天井絵を見にいきたいなぁ。
僕は曲がりなりにも自転車のイベントに関わり続けて十年経ったにもかかわらず相変わらずくすぶってますわ。
でもまだまだ続けまっせ。
何が良い経過か結果かわからないけど模索しながら進みます。
ドイツ、イタリアの旅はどうでしたか?
また良い作品づくりに影響受けたんだろうね。