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突然、東京からど田舎につれてこられた現代美術家の妻が、日常生活の中で夫と共に『地球と遊ぶ』生活に巻き込まれた!
妻の目から見た現代美術家の素顔を本音をちらりほらりさせながらご紹介します。

2007-08

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アイスノン

暑い。

暑すぎる・・・

山の奥の、ど田舎の、こんなに不便な所に住んどって、
夜になってもこんなに暑いと、ここに住んどる意味が無い!!

と思いたくなる程、暑い!!


築100年程経つ我が家は、茅葺き屋根の家。

でも、その昔、先住人の方が家の二階で商売をするのに
屋根をぶった切って広く改装したので、一部分はトタン屋根になっとる。

その部分は屋根裏があったんやけど、
私たちが引っ越して来た時に、木村が屋根裏までぶち抜いて吹き抜けにした。

実に開放的な空間が生まれたと同時に、
恐ろしく寒くて、恐ろしく暑い二階が出来上がった。

やっぱり屋根裏は、重要な役割を果たとったんや・・・と実感した。



この二階は、我が家の作業場。

木村がデスクワーク的な制作をしたり、私がビーズ制作したりする。

ここが、実に暑い!!!!!!

作業をしとると、机にぼたぼたと汗が落ちて水たまりになる。
眼鏡をしとると、眼鏡に汗が落ちて前が見えへん。

自宅で熱中症になる人がおるけど、私たちのような感じやったんかな。



今、新しい制作に追われて、寝ずに仕事をする木村の友はアイスノン。
タオルにアイスノンを巻いて、頭やら首やらに巻き付けて仕事をする。

アイスノンが溶けると、次のアイスノン。
このアイスノンが溶けると、また次のアイスノン。

アイスノン中毒症みたいなもんや。


その姿をみて、久しぶりに思い出したことがある。

今では日本でも、
風邪ひいたりして熱が出ると、動脈を冷すようになったけど、
私が小さい頃は、
熱が出たら頭冷やして、ごっそり布団を布団をかぶされた。

暑くて布団から逃げ出すと、母が追いかけるように布団をかぶせる。

とにかく、汗をかけ!!!と言われた。
暑くて暑くて、死ぬ〜〜〜〜!!!と怒りたくなる程暑かった。


私が高校生の時、ホームステイでロスにおったことがある。

運悪く、そのホスト先の家で夏風邪をひいて、ひどい熱を出した。

優しいホストマザーは、
いまいちよく英語の分からない日本人が熱を出して焦りまくっていた。

ただでさえ、英語がうまく話せない私は、
ただ寒くて、ぶるぶるしながら身振り手振りを交えて

「布団をかぶりたい」

とママに伝える。


でも、ママは首を横に振って、
ひたすら私にアイスクリームを食べさせ、
首の脇やら、脇の下やら、足の付け根やらを氷で冷やし始めた。

寒い!!!!
十分アイス!!じゃ無い、コールド!!!!死ぬ〜〜〜〜!!!

この時ほど、布団をごっそりかぶせて欲しいと思ったことは無かった。

熱が出たら、動脈を冷やせ!!は今となっては常識。
でも、その時はマジで殺されるかと思った。



あ、木村がまたキッチンに来てアイスノンを取り替えとる。

アッチィ〜〜〜〜!!とか言いながら、ヒートアップした頭も冷やす。

でも、飲むのは熱いコーヒー。

冷たいのを飲むと、体がだるくなるんやと。



あ〜〜〜〜、今度はおじいちゃんを思い出す。

「ひろちゃん、暑い時に熱いものを飲まんと体に悪いんやよ。」

おじいちゃんは年寄りやでね・・・と思っとった。



木村は、私に色々なことをイメージさせてくれる。

アイスノンを首に巻き付けて、熱いコーヒ−をすすりながら・・・



しつけ

最近、我が家の娘は
自分の思い通りにならんことがあると、
すぐに泣いて怒って、周りの人に八つ当たりすることが多くなった。

洋服を自分で着たいのに、汗でパンツがくっついてクルクルになって
どうしてもはけなくて泣いてたり、

パソコンで、ワンワンのお絵描きしたいのに、
違うとこをクリックしてしまったらしく
ワンワンの画面が出てこないからって、パソコンに切れてたりする。

それを手伝おうとすると、またこれが気に入らなくて逆切れされる。

保育園でも、思い通りにならんことがあると、
お友達が折れるまで大声で泣き続けて、自分の意志を通そうとするらしく、

先生に

「泣き勝ちだね」

と言われてしまったことがある。



その日、娘は大失敗した。
パソコンを手伝おうとしてくれた木村に逆切れしたのだ。

娘は手伝おうと差し伸べた手を叩いて払いのけて怒った。


あ〜あ、やっちゃった・・・・


ついに叱られて、また大泣き。
パソコンは使用禁止。おもちゃも使用禁止。

泣いて話を聞こうとしない娘に愛想付かして、
木村はその場を去ってしまった。

追いかけて大声で泣いても、許してもらえるはずもなく・・・
泣き崩れる娘。


ここで、優しいお母さん登場!!!!


抱っこして、お父さんが何で怒っとるかを説明し始めた。

初めは泣いとった娘も、ちょっとホッとしたのか、
気が散って、私の話なんて聞いてるんだかどうだか・・・

「聞いてんの??」
「うん、聞いてるよ」

ぼけーっっとして返事をしなかったり、
目を見て話を聞かへんかったりしとる娘をたしなめながら話をする。

「ホントに聞くつもりんがあるんかっ??? はぁ〜〜???!!!」


 あ〜あ、切れちゃった。


仏の顔も三度までや。よー覚えとき!!! 


泣きわめく娘にリュックサックを背負わせて、
ずるずる腕を引きずって 
靴もはかせずに 真っ暗な庭に放り出した。


「いや〜〜〜〜〜!!!何で鍵かけるんだよっぉ〜〜〜〜〜」
ドンドンドン
(鍵かけへんかったらすぐ入って来れるやんか。アホか。)

「嫌だって言ってるじゃないかぁ〜〜〜〜〜〜〜 オ〜べ〜カァ〜〜〜(欧米か)」
ドンドンドン
(オ〜べ〜カァ〜〜〜って・・・意味分かってないし・・・)

「開けてよぉ〜〜、お腹がすいて死んじゃうよぉ〜〜〜〜〜」
ドンドンドン
(おやつ食べたばっかりやんか・・・死ぬか!)

「ごめんなさい〜〜〜〜〜 もうしませんからぁ〜〜〜〜〜〜」
ドンドンドン
(やっと謝ったわ。ほんと、誰に似たんか頑固やわ〜〜)

意味のわからない言葉を叫びながら玄関を叩きまくる娘。

可愛そうなのと可笑しいのとで、思わずドアを開けたくなるが、ここは我慢。

玄関を開けてもらえないと分かった娘は、
縁側に積み上げてある木材を裸足でよじ登って、縁側から自力で帰宅。

しゃくり上げながら、リュックを床に投げつけて怒り爆発。


結局、木村にまた喝入れられて、泣いてごめんなさいして終わり。


はじめて、娘を家から追い出した。
これが良かったんかどうか、分からへん。

トラウマになって、将来苦しんだらどうしよう・・・と思ったりもした。



私は、昔叱られて頭に来て、自発的に家出をしたことがある。
夕方になって、暗くなって、お腹がすくまで、ずっと家の前の長屋の影に隠れとった。

夕飯の時間になっても、誰も探してくれへんくって、
心配になって自宅の庭に忍び込んで窓をのぞくと、
夕飯の支度が終わって、家族がちょうど食べ始めるとこやった。

なんか、むなしくなって、諦めて家に帰ったら、

あんたは何処行っとったのぉ〜〜〜〜〜手伝いもせんと〜〜〜〜!!!

と、お手伝いせーへんかったことを叱られて、
心配の一つもしてもらえなかったことに、ショックをうけた。

今でも、その時に覗いた食卓の風景や温かそうな家のイメージが頭から離れへん。

家は、いつも当たり前にそこにあって、
家族も、いつも当たり前にそこにあった。
やで、家出をできたんかもしれん。(家出未遂やけど)


娘は、今回私に追い出されて、ビビったんやろうか。
本当に隣んちの犬と一緒に、犬小屋で暮らさなあかんと思ったんやろうか。

考えると、ちょっと胸が痛い。


こんな小さい子に、真剣に怒って馬鹿やな〜〜〜

と、よく母に言われるけど、それも一理あるかもしれへん。
でも、やっぱり真剣に怒っちゃうんやわ。



寝顔を見て、やっぱりかわいいな〜〜〜と思う。
まだちいさいな〜〜〜と思う。
オコリンボのお母さんでごめんな〜〜〜と思う。

お母さんも、毎日悩んどるんやわ。許したって。

大きなったら、お酒でも飲みながら、この日のことも話し、しよ。

きっと、その頃になってはじめて、
しつけの意味が私にも、娘にも分かるんやろうな。




できた!!

tennjyouga.jpg
▲ 画像をクリックすると大きな写真を見ていただけます!!



去年の夏の終わりに描き始めたお寺の天井画。

両親から、
度胸だけで描いとる
とか言われながら、一年かかって、やっと昨日完成に漕ぎ着けた。


長かった・・・
私以上に、なかなか進まへん天井画を
えらい歯がゆい気持ちで和尚人は待っていらっしゃったんやろうな・・・

お待たせして、本当にごめんなさい。



この仕事を受けてすぐに、
木村の仕事そっちのけで、天井画のサンプルを描くのに必死になりすぎて、
木村とえらい喧嘩になったことを思い出す。

ちょうど、越後妻有アートトリエンナーレが終わった頃で、
木村のサポートを、私が本格的にやることについて
新潟からの帰り道に話しとったころやった。

木村が重要な時期に来とるな・・・と感じとったし、
木村が私にマネージャーをして欲しい、と思っていることも分かっとったし、
それが出来るのは、私しかおらんことも分かっとった。


そんな時に、お寺の天井画の話があった。


絵を描くのが好きで、美大に行って、NYに行って、
絵描きさんになるのが夢やった。

でも、まだ若い私が、
絵を描いて生活できるはずも無く・・・夢破れたのは24歳。

マニキュアリストになって、爪に絵を描く仕事を選んだ。
雑誌のイラストも描いた。
カードゲームの絵だって描いてみた。

絵を描いて、お金になることは何でもやってみた。

どうしても、筆と絵具から離れたくなかった。
絵描きになる夢への未練ってとこやな。


木村が、自分を信じて作家活動を続けているのを見て、

自分の才能を信じることができる才能を持ち合わせとらん自分は、
やっぱり作家なんかに成れへんで当たり前やわ・・・

と思った。

同時に、作家になれる確約なんかあらへんのに、
自分は大丈夫、って自分を真っすぐ信じて
周りを巻き込んで突き進める木村が羨ましい、妬ましいとさえ思ったこともある。


絵描きになる夢への未練が、
作家になろうとする木村への嫉妬心を産んだんやと思う。


早川に来て一年目の夏に、降って湧いたような天井画の話。
その時、私は34歳。

どうしてもやりたかった。
今度は諦めたくなかった。
神様が、もう一回私に挑戦させてくれる機会を与えてくれたんやと思った。

10年かけて、私は自分を信じる力を身につけた。


家族に負担をかけないように、
木村の仕事に影響せんようにすることを条件に手に入れた天井画の仕事。

限られた時間を精一杯使って、一年かかった。


嬉しい。本当に嬉しい。


マニキュアリストと呼ばれた時も、イラストレータと呼ばれた時も
なんかしっくりこーへんかったけど、

天井画を描く人

という言葉は、
今の私にとってはもったいない程、嬉しい言葉に聞こえる。


早川によばれて来たんやな・・・

と木村が言ってくれたことがある。

そうかも知れへんね。

たかくん、私をここに連れて来てくれて ありがとう。

私にチャンスを与えてくれてありがとう。

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