木村崇人 木もれ陽プロジェクト

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突然、東京からど田舎につれてこられた現代美術家の妻が、日常生活の中で夫と共に『地球と遊ぶ』生活に巻き込まれた!
妻の目から見た現代美術家の素顔を本音をちらりほらりさせながらご紹介します。

2007-06

ヘアーカット

今日は美容院に行って来た。

娘の入園式以来の美容院。すっきりした!!

最近、やっと気に入った美容師さんが見つかって、
お任せで切ってもらえるのが、何よりも嬉しい。

私の髪質は、悲しい事に
固い、黒い、多い、のかわいくない要素の三拍子が揃った髪質。

私の髪型の歴史は、このかわいくない要素が揃った髪質と戦った歴史でもある。

子供ん頃は、初恋の人んちの床屋さんで、
いつもマッシュルームカットしてもらっとった。
ふかわりょうヘアースタイルと言えば、今の人にも分かるんかな・・・?

ある日、イメージチェンジをしようと思ったのか(詳細は覚えとらん)
ショートカットしてもらったら、お猿さんみたいなカットされて号泣。

その晩は、次の日に学校へ行くかどうか、真剣に悩んだの覚えとるな・・・

次からは、美容室に行く事にした。

色気づいた頃には、
聖子ちゃんカットとか、明菜ちゃんカットとかが流行っとって、
これがまた、全く適しとらん髪質と顔であるにもかかわらず、挑戦しとったんやよな〜。

かなり、無理があったと思うわ。
あんまり、あの頃の写真とか見たくないな・・・

大学に入ってから、パーマやカラーリングってやつに出会って、
クルクル下の方だけ不自然にカールしたセミロングとかしとった気がする。

「カーンチ!」の東京ラブストーリーが流行とったころやな。
紺のブレザーに、通称コンブレに、裸足でモカシンとか流行ってさ。
ぐふふ。青春やな。

大学辞めてアメリカに行って、その頃にはじけたな。

ヘアメイキャップアーティストの知り合いができてからは、
貧乏の私は、5ドルぐらいのカラーリング剤を自分で買って、
20ドルと、コルトビールを握りしめて
その、あこがれのお姉様の所に行って、髪を切ってもらっとった。

超かっこいいボブカットしたり、
超ショートカットにして、メッシュやら入れたりしたな。

よく、信号待ちで女の人達に褒められてうれしかった。

全部、その人にお任せで切ってもらうと、
必ず毎回心がうきうきする髪型にしてくれた。
初めてボーボー眉毛を手入れしようとして、
マロみたいになるまで抜いてしまって失敗して泣きついた時も、
大笑いしながら助けてくれた。

髪型変えると、私が変わったみたいに感じた。
洋服、アクセサリー、靴・・・・
そのころから、やっと自分に似合うスタイルってもんを模索し始めたんや。

NYには、当時の日本みたいな、一律の流行って言うもんは無くて、
おしゃれな人っていうのは、その人らしい姿である事が必須やった。
チビやったで、どうしても着てみたい服のサイズが無いと
ミシンなんて無かったで、
手で縫って服を作った。子供服を改造したりもしたな・・・

日本に帰国する時、
友達のから犬の毛をカットするバリカン借りて来て丸坊主にした。
気持ちよかったわ〜〜〜。

ストリートでよく男の子に間違われて、ゲイの子に声かけられた。

坊主は、えらい気持ちよかったけど、
日本に帰ったら、お母さんにお金握らされて
「帽子買ってらっしゃい」
って言われた。
きっと、ショックやったんやろうな・・・今なら分かる気がする。

坊主は似合っとったと思うけど、
坊主が伸びてくる最中が大変。
固くて黒くて多いから、帽子かぶっても帽子が髪で持ち上がるし。
寿司屋の小僧みたいになってまうし。

木村は、その頃の私をマッチ棒と呼ぶ。
当時は痩せとったし、
ヒョロ〜〜として、頭が伸びた坊主やったでやろうな・・・
バイクに乗せてもらうのに、ヘルメットかぶると
ヘルメットに髪が突き刺さるんやわ。変な感じやった。

それからも、飽きずにコケシみたいな超ロングストレートしたり、
ぐりぐり電話コードパーマしたり、
ハイブリーチでシルバーにして、頭の皮膚ずる向けたり、
矯正パーマで姫子みたいにしたり・・・・

やった事無い髪型も髪色もない!!ってくらいいじり倒したら、
今度は、もう、どうでも良くなった。

髪を染めるのをやめて、髪は木村に切ってもらった。

彫刻みたいな感じで
デザインされながらカットしてもらうのが好きやったのに、
なかなか、そう言う美容師さんに会えへんかったし。

木村は、お任せ出ショートカット上手にやってくれてたから、
私にとっては、かなりお気に入りの美容師さんやったかな。


早川から、今の美容室のある所までは、車を飛ばして40分くらい。

久しぶりに、楽しい美容室タイムをエンジョイできる美容師さんに出会えて幸せ。

もう、奇抜な髪型も髪色もせーへんし、白髪も染めへんし、
パーマもかけへんし、頻繁に美容室に行けへんし、
手入れしたり、手間かかるスタイリングの必要ない髪型!!

の無理難題を、気持ちよく聞いてくれてカットしてくれる。

ふふふふ。
木村も、かわいいやんか、って言ってくれたし。
むふふふふ。

やっぱ、髪型変えると、気持ちも変わる。
白髪まじりになっても、女の子の気持ちを思い出す。



地球遊便 発送完了!!

地球と遊ぶクラブ 会報誌「地球遊便」の発送がやっと完了した。

クラブ会報誌は年四回。後援会会員会報誌は毎月。
これが、かなりの仕事量だったりするんやけど、
出来上がって、
文字と写真の羅列になってまうと
あんまり、その大変さは感じられんくなるのは不思議や。

やで、最近知り合いが作った会報誌やら情報誌なんか見ると
他人事に思えんくなる。
雑誌もそうやね。
みんな、身を削ってものをつくるんや。

私は、木村が毎回展示前の会場リサーチ、展示方法を悩む姿、
展示最中や、展示が終わってからの反省を身近に見とる。

木村と毎回行う、反省会という名の心リサーチタイム。
私の大切な仕事の一つや。

私は、話す作業によって、
迷ったり、混乱したりしとる事はかなり整理が付くもんやと思っとる。

本当に混乱しとる時は、全く話せへん。
混乱しとる事にすら気づけん事もある。

でも、勇気を出して話し始めた話が
順番がめちゃくちゃになっても、内容が支離滅裂になっても
ゆっくりと時間をかけて話を聞いてもらえる相手がいれば、
なんとか、苦しみから抜け出せる道がつく。

でも、どんだけ苦しくても、
決断したり、結論を出して自分の意識を一つにまとめる作業は
その人だけにしか、できんもんや。
その時は、一人。
いつも、どんな時も、寂しくても、心細くても一人。

そして、その決断をまた伝える人がいれば
少しは勇気づけられる。

家族や友達はそう言うもんやと思っとる。
必要な時に、必要な時だけ側におればいい。
必要以上にべったりする事も、同情する必要も無い。
そう言うもんやと、いつの間にか自分は思うようになった。

木村はいつも一人で悶々と考えるから、
私がリサーチをすると、少しすっきりしたような顔になる。
悶々として、抜け出せんくなった頃を見計らって声をかける。

たまに、私が悶々としとって、木村の様子を見逃す事も・・・多々ある。

なるべく、その心の変化を見逃さないようにして、
レポートにしたり、心にしまったりして、
私なりに、考えて色々振り分ける。

マネージャーであり、アシスタントであり、妻であり、同士である
私が木村にできる事は、大きいと信じて向きあう。
多分、木村もそう信じてくれてると思うから。

たまに嫌になったり、この人は大丈夫かと心底心配したりする事はあるけど、

目指すは世界!!
短い人生一度きり!!!
どうせ死んでまうんやから、やれる所までやってみんと損、損!!!!

の合い言葉で頑張る。

そして、いつか私は、
ジャジャ〜〜〜ンジャジャジャジャ〜〜〜ン(ざぶーん(波))
【波瀾万丈! 巨匠木村崇人の妻、今だから語れる苦悩の日々!!】
みたいな番組で、
美術家を支えた妻として、紹介される日がくるんや。

きっと、来るんやと、これも信じる。

信じるが勝ち!!
やったもん勝ち!!

さてと、今日も頑張るか。

舞踏

今日はマニプリ舞踏講演を町民体育館へ見に行って来た。

4月にも別の舞踏講演が早川町にやって来て見に行ったことがある。

なんと言っても、あの生演奏がたまらん!!!!
美しい歌声、お腹に響く太鼓、バイオリンでありながらバイオリンでない演奏。
キラキラの衣装で踊るダンサー
夢のような時間やった。

今回のマニプリ舞踏には武道も入っとるらしい。
かなり期待できそうや!!


急いでシャワー浴びて、ご飯作って食べて
娘と2人でおでかけ。


幕が開いて、歌声とドラムとバイオリンと・・・・・
ひゃ〜〜〜〜〜〜〜さぼろが出る。
ぞみぞみして、ワクワクして、涙があふれてくる。

いっつもそうや。
宗教的な匂いのする音や歌を聞くと、いつも涙が出る。
こないだ行った、日蓮宗の入山祭りもそうやった。
法螺貝と太鼓の音、お経やらかけ声やら聞いとったら、
胸が熱くなって、目の前がニジニジするんや。
そして、あー、私は幸せやな〜〜と何やらありがたい気持ちになる。

今日のマニプリ舞踏も、ぐっときたわ!!

大興奮の剣を使った武道も凄かった。
お腹に響く、かっこいいお兄ちゃんが叩いとった太鼓演奏も凄かった。

でも、最後のダンスの演奏がが始まったら、
なんや、またシアワセーな気持ちになった。

ビックリ缶詰に入ったような斬新な衣装。
その衣装には、ライトに輝くピッカピカの鏡がびっちりくっついとって、
それはそれは奇麗なんや。
頭っからふんわり白いオーガンジーをかぶって、優雅に踊るダンサー。

ありがたーく聞こえる音階と言葉。

こんな神様が沢山居りそうな早川の山の中で、
美しい生演奏を聴きながら、
天国みたいな衣装着たダンサーの踊りを見て過ごす時間・・・

こんな山奥で、こんな幸せな時間を過ごせる事に感動して
また泣いてまった。

きっと、インドの神様は早川にもおる。
名前は違うかもしれんけど、きっとおる。

私は、山梨に引っ越して来て、
こんな豊かな気持ちにさせてくれる時間を過ごさせてもらった。

きっと東京におったら、インド舞踊なんて見に行かんかったやろうな。
それ以外のことが、沢山ありすぎて、それどころやなかったやろ。
情報が溢れすぎてて、インド舞踏なんて埋もれとったかもしれん。

娘を膝に抱きしめながら、
インンドと日本の文化交流50周年を早川で迎えられた幸せを
体全体で感じながら1時間程の講演を見させてもらった。

素敵な舞台をありがとうございました。
全ての携わった方々に 感謝。

自律神経

自律神経ってやつは、本当に困ったやつや。
無いと困るけど、誤作動を起こされると、かなりの迷惑を被る。

小学校高学年頃からか、
やたらお腹が痛くなったり、頭痛がひどかったりして
近所の大きい病院に、学校休んでよく連れてってもらった。

嘘くさい合皮のグレーの長椅子。
くすんだ白骨色のタイル床。
よどんだグレーの空気。
味気ない棒蛍光灯の青い光。

思い出すと、そこにあるもの、そこにおる人が、
みんな嘘くさい合皮のグレー色なんや。

その大きな病院で、
レントゲン、血液検査、バリウム検査、胃カメラ、CT・・・・
ありとあらゆる検査をした。
頭もお腹もどこもかしこも、一通り輪切りにした。

胃カメラの歴史なんか、良ーく知っとるよ。
私が子供の時は、腹式呼吸の練習させられて、
ゲーゲー言いながら、鼻水と涙にまみれて検査したけど、
今は鼻からカメラが入れられるようになったし、
麻酔だって使ってくれるで、かなり楽になった。

バリウムはスッゲーまずかったけど、そのうちイチゴ味とかになった。
でも、量が多くってクソまずい事には変わりない。
まずいもんのまされて、まな板の上であちこち向かされて、
揺すられて、息止めたり吐いたりするんや。
そんで、うんこがカチカチの真っ白になる。
今は、バリウムの量が格段に減った。
ま、味はまずいままやし、うんこも白くなるけどね。

CTなんか、初めてやった時は、日本でまだ何台しか無いんやって
病院が自慢しとったくらいやった。
検査は予約せんとやってもらえへんかったな。
宇宙船カプセルみたいに大きくて、ギュンギュンうるさくて怖いんや。
すぐに映像ができへんで、また別の日に学校休んで結果を聞きにいかなあかん。
今はかなりスマートになって、静か。
映像だって、終わってすぐに手渡される。


でも、どんなに医療が発達しても、どんなに機械が立派になっても、
私の病気にまともな病名は付かへん。

自律神経失調症

病名が付かない病気は、このダメ人間の象徴のような病名を言い渡される。

子供の頃は、大人になって心が成長したら治るって言われた。
だから、大人になるまで我慢すれば治るんやと信じとった。

でも、頭痛、難聴、めまい、肋間神経痛、動悸、吐き気、胃痛、下痢・・・
まだまだあるけど、どもれこれも自律神経失調症。
どんだけ痛くても、どこが苦しくても、
すべて自律神経失調症。

お薬もないし、治る事もない。

子供の頃は、こんなに苦しいのに、こんなに痛いのに、
どっこも悪くないって医者に言われると、
学校休んで病院に来とる私が、嘘ついとるみたいな感じがして悲しくなった。

今は、私が欠陥商品みたいな感じがして、やっぱり悲しくなる。
心が弱くて、マイナス思考で、我慢ができんくって、現実逃避する
ダメな人間だと言われとるみたいな気がするんや。

ストレスをためんように、ゆったりとした気持ちで過ごして下さい・・・・

ん〜だと〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
それができりゃ―、自律神経失調症20年以上も苦しまんわ!!

と、これまた、かなりのストレスに感じる。
病院に病気を悪化させに言っとるみたいなもんや。

やで、病院に行きたくない。
高いお金払って、貴重な時間を使って、
ダメ人間のレッテルを貼られに行くようなもんやもん。

でも、もしかして、もしかしたら
今度こそ、怖い病気なんかもしれんし。。。と
自分を奮い立たせて病院に行ってはダメ人間だと言われて帰る。
その繰り返し。

やっぱりそれか。やっぱりおまえなんか。
自律神経って何様なんや!!
自律神経って、移植できへんのかい?



病院から出て、やりきれん気持ちで、心配する木村に電話してご報告。

「ははは、、、また自律神経やって。」

「そっか。ま、あとは裕子ちゃん次第って事やね。お疲れさま。」

と、ちょっとあきれ気味に木村に言われる。

涙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ポロン



私が大人になる日は、未だ遠い。

人生あっという間

保育園に娘を迎えに行こうとゲートをくぐると、
園長先生が、下駄箱上のホワイトボードを指差しながら、何やら叫んどる。

???。どうしたんですか??????

指差す先を見ると、腫れぼったい顔とへろへろの髪で写る私の写真。

ぐっ!!!!!
これ、こないだお寺の天井画を取材してもらった時のや・・・・・・・

これまで、何回か雑誌に顔写真が載った事があるが、一度もかわいく写った事は無い。
まあ、これが静止画の現実やわな。

以前、母が、私がまだバンドをやっ取った時のライブビデオを見ながら、
「あんたって、かわいいなーと思う時と、酷い顔やなーと思う時と極端やな。」
と冷静に言っとった。
どうやら、静止画は酷いが、それを表情でカバーしてかわいく見せる
私の努力を認めたらしい。

それにしても、これまたひどい顔や・・・・
徹夜やったし、焦っとったし、写真嫌いやし。
だから、顔だけは止めましょうって言ったのよ・・・グスン。

で、記事見て、またビックリ。
マニキュアリストが天井画を描く・・・・・・・・・・・・・

確かに。確かに私はマニキュアリストとしても仕事しとる。

でも、マニキュアリストという職業が自分にしっくり来た事がない。
第一、そんな横文字のしゃれたもん、私に合うわけない。

とにかく、私は色々やりたい事がありすぎて、
一体何やっとる人か説明できんくなるくらい欲張りにやってきた。
二足のわらじ、どころやない。

ビーズアクセサリーのオートクチュールやら、プレタポルテやら、
小物やら、洋服やら、帽子やら、バンドやら、マニキュアリストやら、


やってみたい事は、どれも諦めずにやってみたらいい。

結婚した時、やりたい事がありすぎて、悩んでいた私に木村が言った言葉。


でも、結婚する前のとうの昔に、自分の一番の夢は破れとったんや。

絵描きになる夢を。

それが、ずーっとコンプレックスやった。

作家になる夢を諦めずに、自分を信じて突き進んできた木村を見てきて、
いつも、自分が絵描きになれへんかったのは仕方ないと思っとった。

私は自分の才能を信じる力が無かった。
自分にかける勇気がなかったんや。

結局、絵描きになれへんかったけど、絵を描く事から離れたくなくて、
未練たらしく、素材を変えて、絵を描く事がお金になる方法を模索しとったら、
こんな器用貧乏な、何屋なんか分からん、変な私が出来上がった。

私の中では、全部共通した作業のつもりなんやけど、
端から見たら、めちゃくちゃでいい加減な人間に見える。

それが、ずーっと私のコンプレックスやった。でも、それが私自身そのものやった。


でも、そんな私に、凄いチャンスが与えられた。

天井画家

ん〜〜〜〜かっこええ!!!
そんなん言われたら、こそばしくて、ひっくり返るわ。

この話を貰ったとき、
未練たらしく、絵を描く作業から離れんかった私への
神様からのプレゼントやと思った。

絵を描いて、お金がもらえるなんて。
しかも、その絵が、ずーっと誰かに見てもらえるなんて。

夢みたいな話やろ。

これがちゃんと仕事になれば、ネイルもアクセサリーも趣味にできる。
しっくり来ーへん肩書きは捨てて、夢の絵描きさんの一歩が踏み出せる。

家族みんな、私が天井画描くって言ったら
「度胸あるなー、あんたがそんなん描いて良いんけ?」
とひどい言葉を投げかけてくれた。

でも最初の経験は、誰もが最初の経験で、その積み重ねが自信になってくんやろ?

ひとつひとつ勉強。

35才にして、手にした夢の仕事。
どんな状況でも、今度は諦めたりせんと、自分を信じてやってみたい。

色々やってみたから、今こうして思えるんや。
私は、私を信じる力を10年かけて手に入れたんや。
これから天井画を10年やってみたら、また何か見えるかもしれん。

人生、あっという間。
生き急がんと、すぐにこの人生終わってまう。

切れた!!!!

先週土曜日は、我が娘の通う早川南保育園の勤労奉仕の日やった。

勤労奉仕とは、要するに保育園のお掃除や。
窓ふき、エアコンの掃除、草刈り、側溝の溝さらい、、、
普段、娘がお世話になっとる御返しに、一生懸命保育園を奇麗にする日。

この勤労奉仕が終わると、いよいよ園児達のお遊戯発表会。
ちょっとだけだけど、
毎日練習した歌や合奏やかけ声なんかを見せてくれる。

私は、この日をかなり楽しみにしとった。初めてのお遊戯会!!
娘の成長した姿が見れる、感動の時やんか!!

娘は、音楽に合わせて皆と一緒に並んで入場して、
タンバリンを叩いたり、大きな口で歌ったりしとった。

ん〜〜〜〜、環境はやっぱ大事やね。たった三ヶ月でこの成長ぶり。
あの、引っ込み思案でモジモジ娘が、立派に人様の前でお遊戯できるやなんて・・・

感動や!!
娘は、やっぱりすばらしい。天才や!!


私も木村も、純粋に親の喜びをかみしめとった、、、
そんな喜びの絶頂の時、事件は起きた。


「じゃあ、今度はお父さんお母さんも一緒に体操しましょう!!」

親子紹介と記念撮影の後、先生はそう言われ、
各親子はそれぞれカップルになって、流れ始めた音楽に合わせて踊り始めた。

あ、これ一生懸命家で練習しとったやつや!

音楽が流れてすぐ、娘が凄く楽しみにしとったお遊戯だとすぐに分かった。

カメラ、カメラ、撮影、撮影!!
かわいい娘をムービーに納めんと!!

とカメラを構えて振り向いた時には、既に娘の笑顔は無かった。

真っ赤になって木村に殴りかかっとる。

へっ???????????????????

木村を端に追いやり、私のズボンを掴んで泣きながら怒鳴り続ける。
私と一緒に踊りたかったんかと思って、
カメラを木村に渡して踊り始めると、私にも殴り掛かる。

はっ???????????????????

力一杯、娘の怒りが塊になったようなげんこつで、何度も何度も殴りかかってきた。

止めようとした木村の顔も殴る。

見た事無い娘の顔。
見た事無い娘の行動。
見た事無い娘の怒り。

私は泣きそうやった。

娘がものすごく楽しみにしとったお遊戯やって知っとったから、
毎日練習しとるの知っとったから、誇らしげに踊る娘が見たかった。

本当に楽しみにしとったのに、
何で怒っとるんか分からん。どうしたいんかも分からん。

「どうしたの?どうしたいの?」

どんだけ聞いても、叫びながら殴り続けてくる娘を見るのは辛かった。

「もう、そんなに怒るんやったら、もうお母さんもお父さんも帰るわ!!」

私はそう言って、親子が楽しそうに踊っとる間をすり抜けると、
娘は叫びながら追いかけて来て私の足にしがみついた。

「だめ〜〜帰っちゃダメ〜〜〜〜!!」

大音量で流れる音楽を、切り裂くように叫びながら、凄い力でしがみつく娘。

結局、泣きわめく娘の叫び声を残して、お遊戯の音楽は終了。
娘の、一番楽しみしていたダンスは終わってしまった。

どうしてこうなったんか分からないまま、
プレゼントを貰ったり、お弁当を食べたりして親子の集いは終了。

お腹にもやもやが残ったまま家に帰った。
木村もかなり機嫌が悪い。木村もショックやったんやろう。

その日の夕方、娘とドライブに出かけた。

「なあ、なんであんなに怒ったん?お母さんビックリしたやんか。」

「お父さんもお母さんも踊ったらあかんかったな〜〜。ちゃんとお座りしとらなあかんかった。」

娘は、私を説教するような口調でそう言った。

そうか、、、見とって欲しかったんか。
初めのお歌や合奏みたいに、お父さんやお母さんが座って、自分が前で踊りたかったんや。
お遊戯を見てもらえると思っとったのに、
いきなり周りの親も踊り出して、急に音楽も始まってまって、
自分の思い描いていた状況と違い過ぎて、パニックになっとったらしい。

やっと、娘の気持ちがわかった。

あんな顔の娘を見たのは初めてやった。
溢れるように流れ出てくる気持ちをぶつけて来た事は、今までに無い。
そのくらい、楽しみにしとったんやろ。


私自身、目の前が真っ白になるくらい爆発的な感情を持ってまう事がある。
身の周りにある全ての物を壊したくなって、
頭の血管が、何本か切れる音が聞こえるくらい、
自分の気持ちが押さえきれんくなる事がある。

自分の心が自分に戻ってくるまでの時間は、途方も無く長く、苦しい。
気持ちが少し落ち着いた後は、めまいと、自己嫌悪の波に耐えなあかん。

娘も、同じくらい悔しくて苦しかったんやと思うと、
涙が出てくる。

どうにかしてやりたかった。楽しく踊らせてやりたかった。

あの時の娘の顔は忘れられんやろう。
あれは、娘の気持ちそのものやった。
その娘の気持ちをどうしたったらいいのか分からんと、おろおろする自分。
娘の狂ったような姿と自分の姿がだぶって
苦しくて悲しくて、いたたまれんような気持ちで一杯やった。

次は、どうしてあげられるやろうか。
切れる娘の姿を見ても、冷静にきちんと向き合える自分を育てんとあかん。

約束

我が家の約束の一つに、

ご飯が食べれんかったら、おやつなし

という約束がある。

その代わり、おやつは好きなだけ食べていい。
どれだけ食べてもいいけど、
その後ご飯が食べれへんかったら、次のおやつは無い。

どんくらいおやつを食べたらご飯が食べれんくなるか
考えながら食べる。

娘はいつも「お菓子食べてい〜い?」

と聞いてから、
お気に入りのおやつを『おやつ箱』から捜して机に持っていく。

ジーっと考える。

「頭いいで、一つにしとくわ。ご飯食べなあかんで、な。」

独り言みたいに言って、皿に食べるだけのお菓子を出して
残りは元の箱に戻す。


我ながら、こんなできた娘が誇らしくなる瞬間。


今日も娘のお気に入りスーパーマーケットのセルバでお買い物。

レジに並んどる時に、ブドウのハイチュウをおねだりされたので、
仕方なく購入。

車に乗り込むと、すぐに娘はハイチュウに手を出した。

「食べていい?」

「いいよ。でも、すぐにご飯やで、よーく考えて食べやぁな」

「うん。」

セルバから家までは、約20分のドライブ。
歌を歌ったり、保育園の話をしたりしながら山を登る。

「頭いいで、一つにしとくわ。な、一つにしとくわ。」

いつものセリフが背中から聞こえてくる。
この子は天才や!!とバカ親。

「いい子やなー。いい子すぎてビックリするわ。」

と娘を褒めちぎりながら、橋を渡って駐車場へ滑り込む。

エンジンを切って振り向くと・・・・


愕然。絶句・・・・


口の周りをべとべとにして、ハイチュウに夢中になる娘。

どうやら、一つだけにするわ、一つだけにするわ。といいながら、
7個もたべたらしい。

どうりで、道中ずーっとブドウのいい香りがしとったわけや。

その後は、いつものお説教タイム。

私も娘も涙の話し合いをして、最後は抱きしめあう。

娘は私の頭をナデナデして、私は娘の頭をナデナデする。

「これからは、よく考えて一個だけ食べて、ご飯沢山食べます」

そういって、娘は指を二本出しながら言った。
言ってることと、思ってることが違うやんか・・・・

がんばれ!! 娘!
がんばれ!! 私!!


山梨小旅行

今日は、山梨小旅行ドライブに
赤沢の依田さんに連れて行ってもらった。

まずは、秋に依田さんのお誘いで参加する、
クラフト市の打ち合わせに出てご挨拶。

それから、依田さんの仕事に同行して、ドライブスタート!!

依田さんと依田さんの奥様と、依田さんのお孫さんと
木村と娘と私の愉快な仲間たちのドライブは、かなり面白い。

依田家のお孫さんと我が木村家の娘は同級生。

アイーン!! ガクゥ〜〜!!  なんじゃそりゃぁ〜〜!!

近頃、娘の成長についていけずに、目が点になっとったけど、
この最近の娘の行動は、
かなりこのお孫さんの影響が濃いことが判明した。

子供同士のコミュニティは、大人の知らない未知の世界や。
大事な大事な子供同士の合言葉やったりする。

はじめは、ちょっとギクシャクしとったけど、
お菓子のやり取りをきっかけに、いい雰囲気になった。

二人は仲良く車の中でお菓子のやり取りをしとった。


今日は、半日以上あいにくの雨やったけど、えらいワクワクした。

広〜〜いレストランでお食事して、富士五湖を見て、観光して、
アイスクリーム買って、ガラクタ屋で着物見て・・・・

初めての道。初めての風景。初めての場所。

今まで見たこと無い山梨を体験。

こんな、週末の楽しみ方をしたのは、本当に久しぶりや。

週末も何も無い我が家のスケジュールでは、
なかなか、山梨にいながら山梨を楽しむ余裕なんて全く無かった。
一年住んでて、甲府と早川の往復ぐらいしか、しとらんかも。

木村も、娘もなんだかニコニコ。
私も、そんなみんなを見取ったら、うれしくなってきた。

やっぱ、たまには仕事から離れて、気ままにお出かけせんとあかんね。

依田さんは遊びの天才。
早川に我が家が引っ越してきたのも、
依田さんに出会ったからだと言っても過言では無いやろな・・・

依田さんから学ぶことは多い。

私も、他人を思いやれる余裕がある大人になりたいな、と思う。
そして、自分の思いを信じれる強さも欲しいな、と思う。

良くも悪くも、この場所で、自分らしくまっすぐに生きるために
多分必要なことなんやろう。

ここに来て、家族で依田さんとドライブできたのは、
本当に幸せなことだ。

ありがとうございました!!!!!!

また明日から、がんばるでー!!!!





桑の実ジャム

1年に一度の大事なシーズンが到来。

桑の実狩り。

私は、高所恐怖症。
考えただけでも、手にジトーッと汗が出てくるほどや。

でも、どうしてもやらなあかんミッションがある。

それは 桑の実狩り。

我が家からほど近いところに、大きな桑の木があって、
この木になった桑の実を集めてジャムにする。
桑の実のジャムなんて、あんまり見ぃへんからめずらしいやろ。

このジャムを、お世話になっているのに、
なかなかお礼ができないでいる方々へ季節の便りと一緒に送るのが、
私の大事な大事なミッションなのだ。

予算が無いから、体で返す!!我が家の鉄則。

私もここに引っ越してくるまで、桑の実なんて見た事も食べた事も無かった。
あんまり生で食べ過ぎると下痢するらしい。
ちなみに、娘は昨晩から下痢だ。どうもこっそり食べ過ぎたらしい。

親指の先ほどの小さな桑の実は煮るとほとんど無くなってまうから、
とにかくできる限りの実を集めなあかん。
凄く沢山の人にお世話になっとるからね、、、、

木に登って実を無心に取りながら、頭に浮かぶ数々の面々。
その思い浮かぶ人の多さに、狩りとる実の数が追いつかへん。
ついつい、日が暮れるまで木にへばりつく事になる。

去年は、そんなことで頑張りすぎて全身筋肉痛になったした。

木から降りようと思ったら、思ったより高くまで登りすぎていた事に気づいて
急に怖くなって、木の上からSOS電話を木村にした事もある。

そして、次の難関は実を洗う行程。
虫にとっても、大ごちそうの桑の実。
一生懸命しがみついている虫を、水没させて浮かばせてはじくんやけど、
この小さな虫がいて恐ろしくて水に手を入れる事すらできへんかった、、、、

しかーし!!
1年で私はかなりたくましくなったらしい。
昨年の経験から、実をできる限り落とさんと取るコツを習得していたので、
一緒に木に登っていた山猿木村よりも、ずっと沢山実を収穫できた!!

虫だって怖くなーい!!
桑の実と虫を区別する選別眼力も、虫をつまみ捕る指の素早さもレベルアップ!!

キャーキャー言いながら、恐ろしさのあまり鳥肌建てて木に登って
実を洗っていた、かわいい私よさようなら!!。
私は確実に早川に馴染みつつある。

結局昨日の収穫はジャム瓶4本程度になった。

今年もあと数回木登りせんとあかんね。

天井画

私はこの早川に来て、ビックリする仕事を貰った。
それは、お寺の天井画を描く事。

初めは軽い気持ちで描いてみて欲しいと言われるまま描いとったけど、
周りの人間は、私なんかで良いのかい??と
失礼な心配をしとる。

ま、私も本当に良いんか??と言われると困るんやけど、
でも、凄く楽しいし、凄く充実しとる。

色々あってまだ仕上がっとらんけど、
今月8日には本堂の上は、ほぼ完成させられる見通しが付いた。

もし早川に引っ越しとらんかったら、
赤沢の依田さんに会っとらんかったら、、、、

偶然は、時に驚く程、その人の人生を変える。
それは、偶然と呼ぶ必然だという人もおるけど、、、

与えられた環境の中で、
どれだけ楽しみを見つけて、どれだけ自分を生かせるかを考えるのは
もしかしたら得意なんかもしれん。

早川に引っ越すと言われた時、正直、こんな気持ちに全くなれんかった。
ヨーロッパやアメリカに引っ越す事は覚悟しとったけど、
早川と言う選択肢は全くなかったでな、、

今となっては、早川は私のふるさとになる。
娘の大切なふるさとにもなる。

ふるさとは、自分で創り出す事ができる、夢のユートピアや。

全ては私の心の向く方向で決まる。
幸せは、全て私のちょっとした想いで決まる。

未来の私を、未来の木村家を
もっと具体的に、もっとイメージを強く持って前に進めば、
必ずイメージは現実になる。

私の信念。


家族

私は、私本人以外の人は全て他人やと思っとる。

自分の実の両親も、実の兄弟も、
血が繋がっとっても繋がっとらんでも、
私と言う人間以外の人は、私にとっては他人だと思っとる。

他人やと言うと、何とも冷たい感じやけど、事実や。

所詮、私の心を私以外の人が正確に理解するのは難しい。

私を経験して来たのは私だけやし、
その経験を積み重ねて今の私の思考回路ができとるんやとしたら、
35年間の経験が複雑に絡み合って今の私ができとる訳やで、
そりゃー、かなり複雑になっとる訳や。

でも、その複雑になった他人と他人が、いっしょに暮らして、
一緒に同じ方向を見て歩く事は、
一見とても難しい事のようやけど、実は他人やと思えばあまり難しくない気がする。

家族やと思うから、腹がたつ。
家族は自分の分身のようなものやと思うから、悲しくなる。

でも、家族は、他人が一緒に生きて行く最小単位のグループ。

だから、話さなあかん。
沢山、話して、経験の差の隙間を埋めるように話さなあかん。
その他人を愛情を持って、信じて、真っすぐに話さなあかん。

それが、共に同じ夢を見て歩く家族になるための作業やと思う。

娘も、徐々に私とは違う人格を持つ他人になりつつある。
保育園に行くようになって、つくづくこの人は他人やと思うようになった。

経験の差が、心と心の隙間の広さと比例しないように、
真っすぐ信じて話せる家族になりたい。
独立した他人が、共に同じ方向を見て歩ける家族になりたい。


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